不安とはより強固な安心を得るためのおクスリであって、というのは不安があるから相対的な感覚として安心を感じられるのよ的オメデタ思考ではなくて、不安になれること自体が何よりの安心材料で不安感がないことが何よりの不安材料だって事

心を閉ざすほど喜ばれる、素直なままでいいんだよと言ってくれる人たちが本当に求めてるものは彼らの「素直」イメージに迎合する体裁で本当の素直さは結局つよく拒絶する、ひどく歪んだ人間がいるのを知らないから簡単に言える事、

自分のこと理解しなくて全然いいからそういうの分かってくれる人間が身近にいてほしかったそういうのに対して過剰なまでに意識的自覚的な人が、

共通するのはどれもこれも最終的に助かりたいための営み

わたしはどうやらわたしの人生を誰かに尊重してほしいらしいくてまたみにくいことになるな

尊重されたとしてその尊重の念からすんなりと軽蔑の要素を見出して予定調和のように混乱して安心するこのテの自慰においては玄人よ

自己憐憫といえば事実として正しいけど私が求めてるのはそれではない事を示したい

たとえば自分を憐れむことが出来る神経を不安に感じるこの上ない安心ですつまり自分を蔑もうが蔑むまいがどうでもよくただ安心システムの一例ってだけで、

自死こそが自己実現といわれるのとてもとても、とても解る

回復なんてしたくありませんかつてのような無自覚はおそろしい

たとえば今こうして思いつくままに投下する言葉の数々も本心から思うことかはわかりませんという自覚がある、言葉を投下できる事自体に安心したいか本当か否かわからない事を自覚できる事を自覚するためかそれともなにもかんがえてないかだ

もう理解に至ることより疑うことが、理解のためのプロセスが目的化していて言うなれば懐疑中毒ですね

この説明に落とし込むための一連のポストだったのかという気もしてきたしもはやわからないわからない事は混乱です、

なにがとてもこわい なにが 言葉が人が 空間が 意味をもつのこわい 意味を振りかざすのこわい 自覚できない領域がこわい 後悔がこわい 失敗に対してむごい 成功に対してむごい 予定調和の愛情確認が 役者への応対試験が わたし肌がとてもつよい 骨が痛い 頭が無い 顔が無い 姿が無い 存在が無い そんな事も自覚せずにいられる役者たちがこわい 役者になりたい 役者になりたくない 役者にしかなれない 笑ってやる 善がる姿の背後の半透明が どこまでも滑稽なあなたがこわいどこまでも滑稽なあなたにしか価値の無い悲劇がこわい

罪悪感

信じ込めば楽になれる事を心得つつも一切の言葉を額面通りに受け取らず疑いを持ち続けることに余念が無い自分の腐りきった性質、そしてその言葉が万一(自己弁護の常套句!)本心そのままの嘘偽りないものとしたなら自分はそれほどの幸福を享受する資格の無い人間であるという或る根拠に基づいた自覚、それらが口を衝いて出る謝罪の言葉の内訳かもしれない。その点を把握しておきながら、又その事が思考し発言し行動し調和し交友するヒトとして最底辺の営みであるのを承知しておきながらなぜ?

無駄

漠然と好いコンポが欲しいそれかヘッドホン自分は産み落とされて十九年になる身だのに実もまして味もなく空で体が殻で殻が空の保護をする茶番以外なんの特技もないそうで、しかしその殻ばかりが輝かしくみえるそうで益々虚ろなからだ 空ゆえ空でしかあられず空として赦しを乞う時くらいしか運動をしない贅肉マシマシゆえマスマス視界は窄まり可動域は狭まり感性も剥がれ落ちて脳みそ大の世界転げつ転がしつ楽しくて仕方ないおそろしい空だよ 音楽は作者の気まぐれが趣向が意志が魂が確かに乗っかってるのに受けとったそれはどれも布製品みたいに都合の良い形状で時々心許なくなるしかしそういう点あってこそ性に合うと感じるらしいともかく好いコンポが欲しいそれかヘッドホン

私は、あなたを死ぬほど嫌いだ。一切に対し無自覚で、自信家で、誇り高いただのクズと認識している。あなたは、欺瞞こそ人間にとって至上の快楽である、と、何処の文学作品から引いてきた文言か知らないが、鼻の穴かっ開いて、偉そうに説く。文学を信仰している。文学者の記述する所、それこそ完全無欠の、この世の真髄であると。自分を立派に見せる添え物。文学以外の文章を軽蔑する。それにも又無自覚。私は勘付いている。人には人の教祖的存在があるが、それを蹂躙する権利は無い。あなたは無自覚に粉砕する。私の好むところを悉く。あなたを許さない。自分の言動挙動に無自覚。性欲の奴隷である自分に対する認識を、無意識の闇に葬り去るから、平気な表情で幾度でも嘘を吐く。私は騙されている。あなたにとっての私という存在とは、容れ物だけがあれば良い。中味には目を瞑るから、外見だけは、確かに。その心理がありありと想像できて、反吐が出る。私の肉体をここまで支配した、周囲に触れ回り、羨まれるのも楽しい。あなたを許さない。私は騙されてきた。あなたが大勢と出掛ける時、いつも憂鬱になる。私は善いツール、善い肴である。一人でいる時、何時もあなたを思ってはフツフツと憎悪の念でハラワタが煮えたぎり、殺してやりたい衝動に駆られる。ええ、知らないでしょう。次に会ったら、私の認識している事柄について全てぶちまけて、種明かしを食らう前に、此方からメチャメチャに、罵詈雑言を浴びせてやろうと、いつも打ち震えているのですよ。ところが、顔を合わせて見れば、どうした事か、そういった私の憎悪の類は、空気と漂って、何処かしらへ雲散霧消する。馬鹿になるのだ。あなたと対するに限った話ではない。人と対面すれば、彼と私との間の気を心地よく循環させるのに苦心して、自分の主張どころでは無くなってしまう。空気に勝つ事がどうしても出来ない。人人の間に漂う空気が、平生の私の信念を瞬時に悉く崩壊させる。何もかもを駄目にする。私はこの自分の性質を心の底から怨んでいる。ヘラヘラとしたまま別れた後の、私の言い様の無い憤怒、それ以上の自己嫌悪。表面的に、あなたを許している。分からないでしょう。あなたを許さない。あなたに復讐する為に、あなたから離れないのかもしれない。もはや今、私の人生は、あなたの為だけにあるのですよ、あなたという赤の他人に寄り掛かる以外の、生活を続ける意味なんて、あなたの出会う前から殆ど失っていますから。あなたを強迫的な自覚のスパイラルに陥し入れるような、最高の地獄を味わわせてこそ、私は生を全うすることが出来るような心持ちでさえいます

ほんとうの事、自分でほんとうと思い込んでいる事、ほんとうと思いたい事、自覚したいあやふやな事。文章を書くのが苦手だ。けど死んでしまう前に少しでも残すのだ、反抗、反省、内省。なにより自己弁護。